さなメモ(毎日更新)

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たった一週間だけど、昔っぽくいろいろしてみた

2012年05月16日(水) 15:23:40

台湾から帰ってきた昨日、6時間30分の長い長い会議があり、帰国当日にして台湾気分が吹っ飛んだワタクシですw

ところで、おととい昨日のブログ、「久しぶりにさとなおらしいブログだった」というメッセージを数通いただいた。

そうかもしれない。
台湾滞在中、「以前の自分のブログ」に近い感じを意識して書いていたことは確か。
食を題材に、というだけでなく、長くてダラダラはしゃぎ気味なところも。

先週の沖縄旅行で明るくカワイイ後輩たちと行動をともにしながら、ふと気づいたですね。「あー、なんでこんなに自分は固まってしまったのだろう」って。

自分で自分の世界を狭く固定化していっている。
生真面目で、青くて、慎重で、安定で、冷静で、いい人な自分、という方向に。

以前はもっと好き勝手やっていたな、自分。
そこに遊びや仕事が集まり、仲間も集まり、新しくも楽しい毎日が次々に展開していった。

そんな「以前のやんちゃさ」みたいな空気をふと思い出した。

たぶん。
去年の大震災の後、「日常に戻る罪悪感」「生真面目じゃないといけない強迫観念」みたいなものを感じすぎているんだと思う。

そして。
去年の独立の後、「奔放に生きる危うさ」「経営の安定を求める責任」みたいなものを感じすぎているんだと思う。

というか、震災と独立というふたつの激流にただ流されるだけで、うまく波乗りできてなかった、ということだろう。

狭く凝り固まり、自由に泳げず、あたふたと沈んでいった感じ。

少しずつでいいから、凝りをほぐしていこう。
意識して自由になろう。リセットしよう。肩の力を抜いて浮上しよう。

そんな思いから、久しぶりに陶器を買ったり、フットワークを軽くして鎌倉に個展に行ったり、台湾で食べまくったり、たった一週間ちょいだけど、昔っぽくいろいろしてみた。

いろいろな感覚を思い出している最中。
使ってない筋肉を意識して使ってみているような、そんな感覚。

凝り固まるのが嫌いで、変化をヒトにも推奨し、自分を自由な状態でおくことにあれだけ熱心だった自分がこうなってしまっていたことは不甲斐ないけど、まぁ震災と独立というふたつのことは、そのくらいな激流だったな、とは思う。

ちなみに、震災支援や独立責任から離れようなんてこれっぽっちも思ってません。

肩の力を抜いて出直す。
いや、肩の力を抜く練習から始める。

その程度のこと。
その程度のことなんだけど、それが出来てなかったんだなぁ…。

てなことで。

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魯肉飯な一日(台湾3日目)

2012年05月15日(火) 16:41:05

いやー台湾暑いw
昨日は現地の台湾人も「今日は異常だ」とボヤいていたくらい完全な真夏(天気予報によると昨日のみの暑さだったらしい)。午前中の時点で32℃まで上がり、湿度も高い。まだ暑さに馴れないカラダは悲鳴を上げ、滝のような汗がダラダラと流れる状態。あちー。

そんな暑さのせいで食欲もすこーし衰えた我々一行だが、そうはいっても4食は食べた。

朝ご飯でまず2軒。
1軒目はホテル(台北商旅大安店)近くの「高雄 五福 扁食専門店」。
ジャッキー・チェンや李登輝も通うらしい穴場店で、台湾で人気の酒井法子の写真も飾ってあった。扁食湯(ワンタン)が名物らしい。朝一の客となり、鮮蝦扁食湯と香辣紅油扁食と魯肉飯(ルーローファン)を注文。

ワンタンは名物だけあってさすがにうまい。
これは台湾全体に言えることだけど、塩気がものすごく薄い。このワンタンスープもそうで、もう極限まで薄味。物足りない人もいるかもだけど(特に若者)、50歳のボクには味的にも健康的にもちょうどいい。紅油扁食の方は辛いので塩気の少なさも気にならないかも。

ただ、この店の魯肉飯がさらりと上品すぎたので、魯肉飯を食べにハシゴした。
2軒目は前にも行ったことがある「金峰魯肉飯」。早朝から開いている店としてはいいんじゃないかな。ここの魯肉飯はきちんと「ぬっとり」しており、口にかっ込む快感がある(写真)。

この店、スープもとてもうまひ。アサリのスープ(蛤蜊雞)と骨付きあばらのスープ(排骨酥)をとったがものすごくうまひ。滋味溢れる。しかも激安(150円くらい)。やっぱ台湾はスープの国。お腹がひたすらちゃぽちゃぽになるけど、それでもやっぱりスープを食べにまた来たい。

昼からは仕事であった。
ミーティング先が歩いて行ける場所なので腹ごなしに歩こうとみんなで歩き出したが、台湾の暑さをなめていた! 20分ほどで疲弊しまくる御一行。その後のミーティングもタクシーで行くには微妙に近いところなので歩いたが、それでまた疲弊しまくり。朦朧としたw いやホント、日本の春から急に真夏になったこともあり、カラダがついてこないの。

昼ご飯は「芙蓉 山西刀削麺之家」にて、蕃茄(トマト)牛肉麺と豚肉捲餅。

もちもちの刀削麺と酸っぱいトマト味のスープがマッチしてなんだかうまい。豚肉捲餅は北京ダック的な食べ物。これもクセになる味。
でも、あまりの暑さに朦朧としていたので、量も食べられず、味も塩気が足りないのが前面に出てしまってちょい残念だった。冬なんかに食べたらとても滋味溢れるいい味だっただろうなぁ。

夕方、電通国華(台湾に3つある電通のひとつ)で打ち合わせ。
ここは去年、講演に来た。ちょっと見覚えのある顔もちらりほらり。

この会社で副社長をやっている吉田さんにお世話になりっぱなし。
彼は白血病を患い、快癒した経験をもつ。その経緯を書いた著書「『二人の天使』がいのちをくれた―白血病からの生還、臍帯血移植闘病記」もいただいた。帰国してからゆっくり読もう。

で、電通国華のミーティング。
台湾のトップクリエイターたちとの意見交換。彼ら、とてもイキイキ楽しそうだった。日本のクリエイターたちより顔色がいいw なんか台湾ってクリエイティブまで「伸びしろ」がたくさんあっておもしろそうだ。仕事してみたいなぁ。

夜ご飯は吉田寿哉さんや菅波剛さんがおつきあいしてくれ、「阿正厨坊」へ。

ここは菅波さんにご紹介いただいたのだが、言うなれば「フレンチ系うまいもの屋」かな。
台湾でトリュフとか食べるとは思わなかったw フレンチベースのフルコース。アワビや台湾産の羊なんかが次々出てくる。もっと台湾っぽいものを食べに連れて行っていただくイメージだったけど、逆にギャップが面白く、これはこれで現地の方としか行けないセレクト。クラシックのBGMと布ナプキンとモダンな内装、きちんとしたサービス。下世話なものと先端なものが両立している台湾の一側面。

そう、台湾って「へたすると東京よりモダンかも」という店と、「戦後すぐ?」みたいな店が違和感なく同居している感じが面白い。文化やセンスも同じような同居具合。この辺が活気と伸びしろにつながるのだろう。ただしファッションだけはモダンさがほとんどなく、昭和初期で止まっている感じだけど。

で、この店のラストに、なんと魯肉飯が出たのである。

今日3杯目の魯肉飯w
高級店だけあって、まったりほっこりのいいお味。

日本でも最後にカレーを出す店とか増えてきたが、それに近いかもしれない。おかげで、「さらり」「ぬっとり」「まっほり」の三種類の魯肉飯を味わえた。

お世話になったみなさんと別れたあと、ホテルで松尾たいこさん、大西智恵さんと1時間だけ飲み、終了。土日月と滞在した台湾ともこれでお別れ。翌朝(今日)早くのヒコーキで東京に帰る。

あっという間だったけど、さすがに胃腸も疲れてきていたのでちょうど良かったかも。
娘の受験が終わったら家族でまた来たいな。その際は、吉田さん、菅波さん、そして三井さん、またよろしくお願いします!

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まだまだ食べます! 台湾! (台湾2日目)

2012年05月14日(月) 9:02:11

台湾2日目。朝からめっちゃ暑い。

食い意地がはってるメンバーが集まったので、朝から3軒ハシゴw

まずは定番の「阜杭豆漿」。台湾に来るたびに来ている店。もう5回目だ。
日曜ということもあり120人待ち(!)だったが、20〜30分ほど待つだけで済んだ。鹹豆漿(シェンドージャン)、やっぱうますぎ! 温かくて甘い(砂糖入り)の豆乳もうまいし、蛋餅(薄卵焼き)も焼餅油條(パンで油條を挟む)もうまい。新しく改装した後、ちょっと味が落ちた印象の時もあったけど、やっぱり最高にうまい朝食。お腹いっぱいになってひとり150円くらいの朝食。

2軒目は土日は9時から開いている「鼎泰豐本店」。
10時からだと思い込んでいたけど、とりあえず永康街を散歩して待とうと行ってみて良かった。ここは3回目かな。当たり前すぎる観光地だけど、現地の人も「結局やっぱり鼎泰豐がうまい」と言っているし、同行の松尾たいこさんが行ったことなかったので行った。

土日午前中のみの限定メニュー「小籠湯包」がとてもいい。
スープにつけて食べるつやつやのミニ小籠包。ダブルなスープ味が口の中できわどく合体。うまひなぁ。普通の小籠包もやっぱうまひ。東京の「鼎泰豐」はどこもそんなに感心しないけど、本店はさすがな味だ。鶏スープも絶品(手を合わせたくなるような味)。豆苗炒めもうまかったなぁ。結局やっぱり鼎泰豐、という評価もうなずける味。でもってひとり1000円くらい。

2軒ハシゴしてさすがに腹一杯になったので永康街を散歩。
というか、近いし暑いからマンゴーかき氷が食べたいと思ったのだけど、開店が10時半なので、歩いて時間つぶしと消化をしようともくろんだ。

30分散歩して、昔の有名店「冰館(ICE MONSTER)」へ。
なんでも一度閉店して、オーナーを変えて名前を変えて再開店したそうだ。いまは「永康15」という店名(同じ場所)。メニューはまったく一緒かな。ここも3回目くらいだ。写真でわかるように巨大かつ果肉たっぷりなマンゴーかき氷。暑くて汗ダラダラだから余計にうまい。いや、うまいなぁ。前店と比べても味は落ちてないと思う。

一度ホテルに帰って食休みwしたあと、昼は「人和園雲南菜」へ。
昨日今日と、台湾最大に盛り上がるらしい「母の日」なので、どのレストランも満杯だ(母を中心とした大家族だらけ)。この店もいっぱいだったけど、ちょっと遅めに行ったこともあり「30分後にもう一度来てくれれば入れる」とのこと。ラッキー。人気店なので入れるだけマシ。

近くを散歩して(日曜市みたいのがあって楽しかった)、30分後に入店。
ここは2回目。前回は2005年くらい。雲南料理という地味な料理だったこともあり、まだ観光客はほとんど来ていなかった。でもいまは日本人がとても多いらしい。今日は母の日で地元の人ばかり。

前回もぶっとんで驚いたけど、今回も驚いたのが「グリーンピースのスープ」。
うまいわー。小さな豆がスープいっぱいに浮いているだけのシンプルなスープなのだけど、複雑妙味。鶏ダシの奥に(たぶん)雲南ハムから取ったダシが潜んでいるけど、まぁうまいからいいや。

雲南しいたけの炒めは宮崎の「ごぼち」を思い出させる美味。ポルチーニの春巻もいい。そして過橋麺の絶品。あー、来て良かった。次回は予約して汽鍋を食べよう。

昼食後、ホテルで吉田寿哉さんと待ち合わせ。
東京では近所に住んでいる友人だけど(同い年)、台湾に赴任してきていて「台湾で会おう」と前から約束をしていた。今回の旅の目的のひとつ。

赴任して10ヶ月になる吉田さん。「本当に赴任地が台湾で良かった。台湾大好き」と喜んでいる。
でも、日本から近いこともあってか、日本からのお客さんが10ヶ月でのべ150人になるという。アテンドの嵐だ。そんな中、ほんとスイマセンw

そんな吉田さんのアテンドでw、ある大金持ちの元へ(ここからは仕事)。

そのセンスのすごさ(悪い意味で本当にすごい)と、桁違いの金持ち具合に、同行者みんな具合が悪くなったw いや、ほんと、人の具合を悪くさせるほどの金持ち具合ってあるんですね。それを今回知れた。

2時間ほどの打ち合わせのあと、口直しにメリディアン・ホテルへ。
ここに展示されているアート群が素晴らしい(吉田さんオススメ)ので、目と精神の口直しに。とてもセンスがいいアート群が1階2階3階と展示されている。

台湾って不思議だ。こういうのを「国の伸びしろ」って言うんだなぁと思う。先端と古文化と悪趣味と雑然と熱気と人の良さが混在してそこにゴロリと置いてある感じ。日本に足りないのは特に熱気だろうな。でも、あからさまな熱気がないところも日本のイイトコロでもあるな、とも、台湾にいると思う。

そのまま吉田さんも一緒に夜ご飯へ。
今日はボクが行ったことがあった店ばかり再訪してきたけど、ここは初めての店。
吉田さんが「実は北京ダックって中国より台湾の方がうまい。その中でもこの店が特にうまい」と太鼓判を押しているのがこの店。北京ダック以外も全部うまいらしい。中山北路二段にある「新葡苑」。今回行った店の中ではダントツに高い店だけど、それでも割り勘したらひとり2500円くらいかな。台湾では超高い。そのくらいなんでも安いのが台湾。

で、「新葡苑」。
上に書いたように北京ダックが売りなのだけど、なんと「母の日で注文ありすぎて売り切れ」とのこと(!) いやー残念! 一同泣きながら他のメニューをオーダーしたけど、紹興酒に漬け込んだ鶏やアヒルのあぶり焼き、ピータンのパイなど、どれもうまかった。次回にもう一度来て北京ダックを食べよう!

検索したら東京にも支店がある。なんと「文琳」の河田吉功シェフが総料理長をやっている。東京でも行ってみたい。

食後に師大夜市へ。士林は遠いのでここに行くことに。
あとで調べたら生煎包や滷味の有名店があったようだけど、そのときはわからず単に散歩。途中で「北港豆花」で粉圓豆花(豆乳を固めた豆花とブラックタピオカ)を食べたけど、そのまま出てきてしまった。なんとなく雞排や臭豆腐や胡椒餅を探していたんだけど、なかったのが敗因。でも豆花がとてもうまかったのでまぁいいや。

こんな一日だった。よく食べたなぁ。

ちなみに、「どの中国料理も大陸より台湾の方がうまい」根拠として、蒋介石が大陸から移ってきたときにトップシェフを200人連れてきた、という説を聞いた。その腕と味が綿々と引き継がれているという。なるほどねー。たぶんそのうえに、民主主義国家ということもあるんだろうな。

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台湾で食べてます

2012年05月13日(日) 8:55:21

台湾に来ている。

同行はイラストレーターの松尾たいこさんと彼女のマネージャーさん。
彼女の台湾出張と、ボクの台湾出張のタイミングと利害が一致し、「じゃあ一緒に行って楽しみましょう」と握手したのが去年だったかな。ようやく実現した小旅行である。

昼前に台北松山空港でそれぞれ待ち合わせて(ボクはJAL派、彼女たちはANA派)、台北商旅大安店(ホテル)にチェックイン。そのまますぐにご飯を食べに行った。

台北在住の人や、雑誌「FRaU」の去年の台湾特集を担当した人や、もちろんボクの経験も含め、食べる店を選び、観光コースも選んだのだが、初日からかなり充実したものとなった。

とりあえず、小籠包は、今回は友人イチオシの「濟南鮮」にし(在住の人は意見が違ったので他店も食べに行こうと画策中)、その後、茶藝館は「小慢」にしてお茶をし(いい雰囲気)、スコールの中を移動して、噂の「誠品書店」に行って見学&仕事をし(代官山TSUTAYAのモデルになったというだけあって素晴らしい!)、夜ご飯は「圍爐(ウェイルー)」で絶品の酸菜白肉鍋を食べ(現地在住の三井三奈子さんと合流)、「六星」で悶絶足裏マッサージを受け、ホテルで〆の飲みをした、という一日。

これだけいろいろやると、一日が長いなぁ。
日本にいるときの倍に感じる。それだけ日本の生活がルーティン化しているということか。あぶないあぶない。

今日は懐かしい先輩に会う。そしてもちろんいろいろ食べる。

ちなみに写真は「濟南鮮」の「シラス入りチャーハン」。
これが本当に絶品だった。カリカリのパラパラ。いやー、正直、名物の小籠包より美味かったw

今日も楽しみ。

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合田佐和子展「ミルラ」に行ってきた

2012年05月12日(土) 8:22:27

合田(ごうだ)佐和子。

最近はそれほど露出してないのでご存知ない方も多いかもしれない。

ボクが20代のころ、1980年から90年くらいにかけて、彼女はボクの憧れの芸術家だった。

彼女の作品集「パンドラ」(1983年発売)は当時話題だった。
ボクもちょっと背伸びがしたくて買った。

まぁ単なる見栄とワカッタフリだったな、と、いまでは思う。
なんか「そういうのを買って夜な夜な眺めている自分ってどうよ?」みたいなw

でも、若いときの背伸びもムダではない。

おかげで約30年ぶりに合田佐和子に再会できた。

合田佐和子展「ミルラ」

彼女の個展が鎌倉で開かれているのをフェイスブックの友人(もうネット上では長いおつきあいだけど、まだお会いしてはいない方)のフィードで知った。

あ。
記憶が蘇り、思わず作品集「パンドラ」を開いた。

いま、たぶん、ボクはすごくこの作品集を理解できる(と思う)。
約30年の月日を経て、自分が合田佐和子に追いついた。

で、昨日の午前中、すっ飛んで行ってきた。
六本木でランチ・ミーティングがあったので慌ただしかったけど、スキマを縫って鎌倉まで。

ボクを異界に連れて行ってくれ、「死」をとても強く意識させてくれるのは当時と変わらない。でも、作風は大きく変わり、「パンドラ」からの変化も(本などの展示があったので)よくわかった。この変化は、50歳のボクにとって、とてもしっくり来るもの。

限りなく淡い色彩とふんわり描かれた輪郭。
なのに、とても強い主張がある。そして美しくエロスを纏っている。

引用した写真は「イシュア」。
イエスですね。油絵。ボクのネット上の友人はこれを手に入れたらしい。何かを見透かし、何かを赦す、角張った瞳。

何か買いたかったが、最高額が600万円。桁が違うw さすが合田佐和子だなぁ。小さい額縁の「マレーネの瞳」が15万円で一番安かったし、とても気に入ったけど、もう売れていた。残念。

お近くの方は、是非。
鎌倉は雪の下、十文字美信さんがオーナーを務めるギャラリー「GALLERY B」にて、5/24まで。

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阪神大震災でパタッとテニスをやめてしまった件

2012年05月10日(木) 19:25:33

昨日の話の続き。

阪神大震災でほとんどの食器類(陶器、磁器、ガラス器など)が割れてしまって以来、食器をほとんど買わなくなったのだけど、もうひとつ、阪神大震災をきっかけにパタッとやめてしまったものがある。

それはテニス。

あのころボクは33歳。
20代中盤からテニスにはまり、仲間たちと毎週必ずテニスをするようになった。そのうちテニス・スクールに通いだし、多いときは週3回くらいはラケットを握る毎日を送っていた。

プレイスタイルはサーブ&ボレー。
ネットにダッシュし、背の高さを活かしてボレーとスマッシュをする攻めるテニス。スクールのおかげもあってサーブもわりと弾丸系で安定していた。ボールを使うスポーツはわりと何でも得意だが、テニスはまぁまぁ向いていたと思うし、大好きだった。

パタッとやめてしまった理由は正直よくわからない。

もちろん、阪神大震災の直後はテニスどころではなかった。
臨月だった妻といっしょに京都〜東京と逃げ、東京で響子を授かった。その後、関西(勤務地)と東京(妻子を預かってもらっている実家)の往復生活になったのだけど、その間もテニスする余裕はなかった。

でも、夏くらいから少しずつ落ち着いたはずだ。
妻子も神戸(夙川)に帰ってきて、親子3人での生活が始まった。このサイトを作り発信を始めた。

でも、スポーツ欲みたいなものは戻ってこなかった。
テニスも含め、本当によくスポーツをしていたのだが(野球、ゴルフ、卓球、スキー、釣り)、全部、ばったりやらなくなった。

特にテニスは「裁ち落とし」に近い急なやめかた。あの震災の日以来、ラケットすら握っていない。プリンスのグラファイト110も震災数日前にしまったっきりだ(そうこうしているうちにプリンスは破産してしまったね…)。

自分の中の何かが喪失した感覚はある。
たぶん気のせいだけど、なんかもう楽しめない気がする。うん、たぶん気のせい。

スポーツ欲自体は戻ってきている。プールやRUN、ジムなどはやっている。冬はスキーも行く。
だけど、ボール系(ゲーム系)のスポーツをなぜか始められない。自分でもよくわからない。震災前のあの楽しかった日々にイメージが結びつきすぎているのかもしれない。

たまにとても「やりたいなぁ」と思うことがある。
きっときっかけがあれば始められる気もするなぁ。

陶器買いも再開したことだし、ゲーム系スポーツもまた始めてみようかな。
とはいえ、17年のブランク & 老眼化で、ボールに当たるかどうか不安なんだけどw

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久しぶりに陶器を買ったよ

2012年05月09日(水) 11:49:20

GWに沖縄に行ったとき、久しぶりに陶器を買った。

昔は陶器をよく買った。
地方旅行とかに行ったら必ず買い込んだ。

でも、そのほとんどが(ガラス器なども含めて)阪神大震災で割れてしまった。

阪神大震災当時、神戸の夙川に住んでいて、新婚1年目だった(震災手記)。
独身時代に買い集めた陶器類、結婚お祝いでいただいたグラス類、新婚旅行などで買った磁器類、それらがほとんど割れてしまった。「これから少しずつ集めていこう」と夫婦で言い合って買い始めていたのだけど、出鼻をくじかれた感じ。

しかも、高いもの、大切にしていたものほど、割れた。
一生ものとして買った高級品や骨董に限って必ず割れた。そしてどうでもいい日常使いのものは生き残った。

まぁ高いのは薄手のものが多いということもあるけど、なんというか「割れものはもう買うな」という啓示か教訓に思えるほど、思い出ある大切なものがたくさん割れた。

それから、あまり食器類を買わなくなった。
間に合わせで少し買うくらい。新たに買い足さず、あるもので日常生活をしていた。

でも、なんか今回、同行者たちに引きずられて、やちむんや古我知焼を少々買った。

いいキッカケをもらったと思う。
阪神大震災からもう17年(つまりあのとき妻のお腹にいた娘も17歳)、そろそろ自らトラウマを消す時期なのだということかもしれない。

逆に言うと、ボクの場合、そのくらい長くかかってしまった。今回の東日本大震災で被害にあわれた方々にも、表に出ないそんなトラウマが個人個人に長く続くんだろうな…。


ちなみに、阪神大震災でパタッとやめたものがもうひとつある。それはテニス。毎週、週二日はテニスをしていたのに、あれ以来一度も(たったの一度も)ラケットを握っていない。

そのことは明日書こう。

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