さなメモ(毎日更新)
やめられない
2008年07月19日(土) 13:29:24
昨日から家族が関西に行っており(ボクも今日の夕方から行くが)、今朝起きてからのつかの間の「独りの自由」をどうするか、悩んだ挙げ句、「ちりとてちん」のDVDを第一話から見る、という暴挙に出てしまった。
いや、何が暴挙って、やめられない(笑)
やっぱり面白いわ、このドラマ。初期のもいろんなギャグが満載で楽しいな。独特の「間」もまた楽しい。んー、いいドラマである。
昨晩わりと夜更かししたので、今朝は起きてからずっと眠いのだが、午前中から目をこすりながらずっと「ちりとてちん」を見ているというのも間抜けな図。これがボクが選んだ「独りの自由」とは…。でも、本当は「かなりシアワセな図」なのだろう、と、自分を客観視しつつ、そろそろ関西に向かわなければ。
あぁ、それにしても、やめられない。あと一話見てからにしよう。
野茂英雄 引退
2008年07月18日(金) 19:47:50
野茂英雄が引退した。
朝、このニュースを聞いて、さなメモに書こうと思った。これほどの男のことをリアルタイムで書かずにスルーするなんてことはとてもできない。
でも、いざとなると何を書いていいかわからない。自分の気持ちのどこから手をつけていいかわからない。
あっという間に出社の時間が来て、諦めて書かずに家を出た。会社でもずっと「ボクにとって野茂とは何だったのだろう」と考えていたが、全然まとまらない。とうとう夜になって今に至る。落ち着いてゆっくり野茂のことを考えたけど、いいたいこともいっぱいあるのだけど、どうしてもうまく言葉にならない。まとまらない。
陳腐な感想を次々と頭の中で消去していって残った言葉は「卑しくない」という言葉。
野茂は卑しくない。
この言葉の真意を説明するのはかなり難しいのだが、とりあえずボクは彼のそこを一番リスペクトしている気がする。
「死ぬときはたとえドブの中でも前のめりに死にたい」という星一徹の言葉のような最後だったが、まさにドブを這いずるような最後の日々ですら、彼は卑しくなかった。そして何より、絶頂期にもまったく卑しくなかった。これって実に希有なことだと思う。
振り返って自分はどうか。卑小な精神を心に飼っていないか。思わず知らず卑しさが出ていないか。もろもろ恥じ入りつつ、今日は少しひとりでお酒を飲もうと思う。
まさかこんなところでねぇ
2008年07月17日(木) 6:47:28
昨日の大阪での講演は154ページに膨れあがったパワポを2時間でしゃべくりまくり、最後の方はなんだかガス欠になった。疲れたなぁ。いつもはもう少し動画とかも見せるので、見せている間に休めるのだが、昨日はかなり真面目に「コミュニケーション・デザインをするときのヒント」「ボクはどうやっているかの例」みたいなのをお話したので、とにかくしゃべりっぱなし。聴いてくださった側も大変だったろう。お疲れ様でした。ありがとうございました。
ボクが2時間しゃべった後、次の講演者が1時間話すのだが、プログラムを見たらなんか知った名前。競合他社のヒトなのだけど、んー、これはどう考えても知っている名前だ。そういえばこの名前のヤツ、ボクが知っているヒトだとすると、風の噂で競合他社に入ったのを聞いた気がする…。
と、気になったまま講演を始めたんだけど、広い会場の前の方に当人の顔を発見。うわっ。30年ぶりだよ! 同じ業界で同じ分野の専門家をやっていたとはなぁ。つか、30年前と同じ顔(笑)
つまりですね、次の講演者がですね、中学高校の同期だったのでした。
高校卒業以来初めて会う。それもこんなところで。懐かしい…。
思わず講演の最後に「えー、次の講演の○○くんは、実は中学高校の同期で、顔を見るのは30年ぶりです」と紹介。よっ!とお互い、演台と会場とで挨拶を交わし合う。それにしても、まさかこんなところでねぇ。
講演も無事おわり、○○くんと名刺交換をしてバトンタッチ。
その後、大阪支社時代の懐かしい方々の顔をオフィスに見に行く。
で、ある昔の戦友と話していたら、聞き捨てならぬ言葉が。
「今晩、△△さんと飲むんだよ」。
えええっ! その△△さん、ボクの入社時の直属の上司にして仲人さん。大阪支社時代の親代わりに近い方。もうとっくに会社は引退していて、ほぼ悠々自適の生活を送っていらっしゃる。どうやらちょっと深い話をする会食のようだったので合流するのは無理っぽいけど、もし出来るなら、そのレストランの前で△△さんに挨拶だけさせてくれませんか!
もちろんいいよ、と言ってもらい、レストラン(リッツの「花筐」)の前で待つ。
向こうから人影が見えてくる。おお、あの、癖のある歩き方〜(←ユーミンの「ダンデライオン」の節で)。8年ぶりかなぁ。あぁ顔が見えてきた。
「お久しぶりです!」「?……おおっ!」
いやぁ、おかわりなくお元気そうで良かった。ボクの「明日の広告」も読んでくださり、とてもうれしい感想をいただいた。なんかお互いに感慨深い目で見つめ合う。端から見たら久しぶりに会う親子みたいだっただろうか。いやまぁ仲人と言えば親も同然なので親子に見えてもいいのだが。
大阪の郊外に住んでらっしゃる△△さんとは、なかなかお会いする機会がない。ここでご挨拶できて本当に良かった。うれしい。…それにしても、まさかこんなところでねぇ。
ハワイは遠くなりにけり
2008年07月16日(水) 6:59:16
体調不良のひと月と、その後のハワイ出張のしわ寄せが来ていて、仕事がバタバタだ。
バタバタといっても分秒単位で右往左往するわけではないが、「自分が企画の中心にいて推進力にならないといけず、最終責任も自分にある」プロジェクトが4つ〜5つほどになってくるといきなり余裕が失われる。若手として走り回っていたころは同時に13個のプロジェクト(CM制作)をしたことがあって我ながら記録だと思っているのだが、でもあれは責任者が別にいた。やりっぱなしでも責任者(部長)が最終的に締めてくれる、みたいな甘えがどこかにあった。いまはそれがない分、冷や汗の量が違う。
しかも、新しいコミュニケーションを目指す部署なので、前例がないことも多く、実行には手がかかる。CMという部品だけ作っていれば良かった時代とは違い、いろんなコンタクト・ポイントに目を光らせ実行しないといけない。メディアによっては「ここはプロダクションに任せて流れ作業で」みたいな部分がほとんどなく、自分でシコシコ企画書書いて実行の経過をいちいちチェックして修正しないといけない。手離れ悪いのだ。全部ちゃんとやろうと思ったら無限に作業があるのである。おかげで会社のメールの受信簿は様々なプロジェクトのメールで埋まり、雑務・事務のメールもたくさんあり、もう何がなにやら…。見逃すメールも多く、アポイントの約束を果たせず大汗かくこともしばしば。
ということで、ハワイの気分はすでに遙か彼方に吹っ飛び、このまま突っ走ると体調不良まで戻ってきそうで怖い今日このごろ。ハワイって…、5日前に帰ってきたばかりなんだけどなぁ(って、あれも仕事だったが)。
と、こんな中、今日は日帰りで大阪。講演である。1日いない間、変なトラブルが起こりませんように(祈)。ってまだ講演のパワポ、完成してないや。新幹線で書こう。
阪神優勝おめでとう!
2008年07月15日(火) 6:41:07
友人からメールで教えてもらったが、ボクは2003年7月3日にこんな仮説を立てていた(本人はすっかり忘れていた)。
素晴らしい!
三浦和義氏は1985年と2003年、そして今年2008年に逮捕されている。1985年と2003年は阪神が優勝。で、この仮説にのっとれば今年も阪神優勝で、今現在その可能性は異様に高い(マジック点灯寸前)。来た来た来たー!
阪神ファンの皆様、優勝おめでとう!(これでもうダイジョウブだ!)
別にうらやましくはないんだけどさ
2008年07月14日(月) 7:25:08
「若さ」なんてこれっぽっちもうらやましくない。
大人の方が人生はずっと楽しいからである。10代より20代。20代より30代。30代より40代の方が楽しい。50代以降は未知の世界だが、これも考え方だろうな。若さと張り合わず、衰えを楽しめるようになれば、きっと年齢が行くほど充実した毎日になるだろう。健康体であることが前提となるが。
若者の犯罪が増えているが、彼らの根底に「歳をとるに比例して人生はつらくなるだろう。だって『若さ』を手に入れている今ですらこんなにつらいんだから」という暗い予想がある気がする。
そんなことないんだけどな…。
振り返ってみて、10代とか20代前半が人生で一番つらかった気がする。
成長期の懊悩。自分に自信が出来る前のビクビクおどおど。将来への不安。自分の限界を知ることの衝撃。などなど。一皮剥ける前というか、剥けてる最中というか…。ビリビリばりばりと剥けている最中は、そりゃ痛いのだ。その時期を上手に越えるとそこそこ楽しい世界が待っている、ということを少しでも知ってくれれば、ちょっとは犯罪も減んないかな…。
少なくとも、ボクは10代20代はわりとつらかった。
いや、表面上は楽しかったよ。いろんな遊びもしたし恋もしたし旅行もした。でも、内面では常に悩みまくっていた。
だから、ボクは「人生をもう一度やり直せるなら何歳に戻りたい?」と聞かれたとき、「30歳くらい」と答える。
意外な顔をされる。みんなもっとずっと若い年齢を言うものと決めつけているのだ。いや、10代20代なんて戻りたくもないって。あんな成長期の苦しい時代に戻るなんて拷問だ。それに比べて、30代は「人生の初夏」だ。20代というつらい栽培時期を越え、収穫が始まる。そしてその果実はわりと甘い。
ということで、「若さ」なんてこれっぽっちもうらやましくないのだが、「若いときには出来たのに、歳をとって出来なくなってしまったことを知る」のはまた別の感情だ。悔しいというより寂しい。うらやましくはないんだけど、一抹の寂しさに胸がチリチリする。この感情を楽しめるようになったら上級者突入だろうな。
たとえば、若者と飲んでいるときとか。
「こういう鯨飲を昔はやっていたけど、いまはもう出来ないなぁ。昔なら負けないんだけどなぁ。いや、別にうらやましくないけどさ…」みたいな感情。この「負けた感」を楽しめるようになり、「キミ、強いねぇ」と素直に笑えるようになるまでもう少しかかるかも(まだ全盛期の自分の強さを誇示したいらしい)。
昨晩もそんなことを感じたのだった。
いや、酒でなく、マリオカートWii。
中2の娘に勝てないのである。
ゲーム類はほとんど得意なので、多少練習すればほぼ勝てる。と、思い込んでいた。やはり少しずつ反射神経とかが衰えているのかな。んー、負けた感を楽しめない。「キミ、うまいねぇ」とか褒める前に「昔はこういうの負けたことなかったんだけどなぁ」とか虚栄心が声に出る。顔も引きつっている。いや、別にうらやましくはないんだけどさ、でも、この衰えはちょっと我慢できないの!
Where's George?
2008年07月13日(日) 9:07:32
旅行用財布のドル紙幣を整理していたら、赤いスタンプで「www.wheresgeorge.com」と押された1ドル紙幣が出てきた。お。ついに巡り会ったか。ずいぶん昔から(調べたら1998年から)やっている「Where's George?」という有名な「遊び」である。ネット初期の頃は話題になったが、まだやっていたのね。もちろん、Georgeというのは紙幣の肖像になっているジョージ・ワシントンのことである。
よく古いお札とかを見て「この紙幣はどんな人生を送っているヒトたちの手を経てボクの元に届いたのだろう」と想像して楽しむことがあるが(ない?)、このサイトはそれを実現したものだ。「www.wheresgeorge.com」とスタンプされた紙幣に巡り会ったら(スタンプするのは違法だとは思うが)、サイトにアクセスして、紙幣に印刷されているBill Series番号とシリアル・ナンバーを入力。そうするとその紙幣の長い旅の履歴を見ることが出来る。
ボクがハワイのどこかの店で手に入れた1ドル札はワシントン州のヒトが登録していた。
ワシントン州のロングビューという街。登録したヒトのコメントは「Received from Svenson and Svensson Liquidator's on Vandercook Way in Longview, Washington. DG」とのこと。Liquidatorって辞書で調べたら破産管財人だって。何があったんだ?(笑)
Google Mapで見てみたら、その破産管財人の事務所はココにある。航空写真でアップで見るとココ。この黒い屋根か白い屋根の事務所からこの紙幣は来たのだな。そーかそーか、かわいいかわいい。
それにしても、ワシントン州とオレゴン州の境目のこんな田舎から何人の手を経てホノルルまで来たのだろう。
その間の履歴はなく、次がボク。まぁこのスタンプに気づかなければサイトにアクセスしないし、気づいても参加しない人、遊びを理解しない人もいるだろうからどう旅をしてきたかわからないが、たぶん、西海岸の誰かがどういう理由かでホノルルに来て、どっかの店でこの紙幣を使い、それが回り回ってボクに届いた、ということなのだろうな。そんなに痛んでない紙幣なので、数十人の手しか経てない気がする。
紙幣にもIPを振れる時代が来たら(来るかな?)、紙幣の軌跡をトラッキングして、それを世界地図に映し出すアートも出現するだろう。いろんな人の手から手へ渡っていくその軌跡は、経済流通という意味を越えて、コミュニケーションそのものである。面白いなぁ。見たいなぁ。
この1ドル札は、しばらくは我が家のタンスにしまわれるが、来年NYにまた行くときにたぶん使う。ワシントン州〜ハワイ〜東京〜ニューヨーク。キミは意外と長距離移動クンだね。たぶん紙幣仲間にうらやましがられると思うな。ハワイや東京なんてなかなか行けないよ(もうひとりのGeorgeであるブッシュなんて、大統領になる前は、外国なんてメキシコしか行ったことがなかったくらいなんだ。キミは勝っている)。




