狭育のゆくえ  --01.01.22 





もともとさぁ、「教育」って「大人の都合」なんだよね。


  なによ、突然。


いや、この頃仕事でもちょっと「教育」を考えることがあって、いろいろ想いをめぐらせているわけだ。


  ふーん・・・
  で、いつものように、自分の考えをまとめるために、
  ワタシに独り言を言い続けるわけね。



なんじゃそりゃ、人聞きの悪い・・・。
言葉のキャッチボールしているうちに、いろいろ考えが膨らむことってあるでしょ?


  そうかしら?
  キャッチボールというより、
  ワタシの役目は壁打ちテニスの「壁」って感じがするんだけど。
  まぁいいわ。つきあったげる。眠いから短めにしてね。
  で、なによ、教育が大人の都合って?



んとね、もともとね、「教育」ってのはね「大人の都合のいいように子供を育てること」だと思うわけ。

いや、大人というより社会・・・じゃなくて、国、かな。近代では。


  国の都合のいいように子供を育てることが「教育」?


うん。
義務教育というか学校教育に限って言えば「子供たちを、その国に最も都合のいい大人に育てること」。それが「教育」だと思う。

王政なら、王政に都合のいい人間が必要。
王政なのに、王様に忠誠を誓わない国民ばっかりだったら困るでしょ?
だからまず王様に忠誠を誓うように子供の頃から教え込まなければいけないのだ。


  そうしないと国が困るわけね。


そうだね。ま、国というより王様が困るんだな。とっても。
共産主義国家や資本主義国家なら、施政者が困るわけだ。

一定の領土に住み、なにかしらの「決まり」がある人間集団。それが「国」でしょ?
その「決まり」っつうのが、まぁ「王様に忠義を誓う」決まりだったり「共産主義で生きる」「資本主義で行く」つう決まりだったりする。その決まりを細かく定めたのが憲法だーね。

王様や施政者は「憲法守れよー」って言って、つまりは「王様や主義に忠実でいろよー」って言っているわけだ。


  ふーん・・・
  んでもって、そういう「決まり」に忠実な大人が必要だから・・・



学校作って、「教育」の名の下に「その国の発展に役に立つ大人を量産する」ってわけ。

つまり「教育」というより「狭育」なんだよ。
いろんな可能性がある子供をつかまえてわざわざ狭い方向付けをして、その可能性を規定するわけ。


  国が発展する方向に、ね。


そう。
勇敢で忠実な兵隊がいっぱい必要な国もあるし、共産主義に疑問を持たない大人がいっぱい必要な国もあるし、識字率を上げ外国語を覚えさせて貿易や観光に有用な人材を多く作り出すことが必要な国もある。

その体制や時代に「役に立つ」大人に子供を育てて、国や主義を繁栄させる・・・。

それが学校教育、なんだろうな。


  うーん・・・
  学校って単に「勉強を教えてくれる場」かと思っていたわ。
  ちょっと極論じゃない?



確かに勉強を教えてくれて、広い世界を教えてくれるのも学校教育。
でも、国に都合のいいように世界を曲げて教えるのも学校教育、だよ。

例えば。

例えば、その国が天皇制だったら、天皇に忠誠を誓う大人を大量に作らないといけないよね。
変な価値観はいらない。天皇に忠実であればいい。
そうしないと国が混乱する。体制が保てない。戦争にも勝てない。そのために戦前の日本には「教育勅語」ってのがあった。


  ああ、教育勅語ね。あれって何だっけ?


まぁ昔の教育基本法みたいなもんだな。ひと言で言うなら「忠君愛国しなさいね」って、明治天皇自ら語ったわけ。
えーとね、これに載っているはず・・・。え、これ? ボクの高校の教科書。山川の「詳説日本史」。


  なんでそんなのが本棚にあるのよ。物持ちいいわね。


いや、いろいろ思い出すのにたまに必要なんだよ。 あ、あったあった。

えーと、

「我カ臣民克(よ)ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ・・・」

当時、国民は臣民と呼ばれてて、つまり「天皇の家来」だったんだね。

「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」

つまりさ、「天皇の家来である臣民は心をひとつにして、もしさし迫った事態になったら天皇のために命を捧げ、天皇の栄光を助けること」、みたいなことが書いてある。たぶん。


  さし迫った事態って、戦争とか?


だな。
他にも「父母を敬え」とか「学を修めろ」とか書いてあるけど、その文脈はすべて「皇運ヲ扶翼スヘシ」につながるんだよ。つまり天皇の栄光のためにそうしろ、ってこと。


  なの・・・?


教育勅語が良い悪い、天皇制がどうの、というより、そういう時代だったんだな。

で、当時の「教育」はこれに沿って行われたわけ。

教育勅語を暗記させられて、しかも教室には天皇の写真が飾られていて、朝礼で毎朝皇居の方を向いて最敬礼とかさせられていたら、まぁ「忠君愛国」な大人に育つわな。

良い悪いは別にして「洗脳」だよね。
学校で強烈にそれを教え繰り返せば、どんなリベラルな人間でも確実に「教育」されてしまうわけ。

当時としてはそういう人間をひとりでも多く育てたかったんだ。つうか、そういう人間しかいらなかったんだよ。


  そうじゃない人間は国賊だったのね。


そうそう、国賊。
天皇制国家には不要の存在。駆逐すべき存在だったんだな。

そんでもって、上官とかに逆らわないように「目上の人には絶対」っていう価値観も植え付ける。
上官が絶対だったら、上官の上官も絶対。そのまた上官はもっと絶対。で、その上官の上の上の上の方に天皇がいるわけだ。天皇は絶対中の絶対。そう植え付けられる。

こうして厳しく上下を「教育」しておけば、天皇制はなかなか崩れないわけだね。


  敗戦でもしない限り、ね。


うん。敗戦しなかったら、日本はまだ天皇制国家だっただろうなぁ・・・。

でさ、このごろ話題になっている「父権」ってやつもその当時は強力だったんだよ。


  父権が地に堕ちた、とかよく言われるわよね。
  父親の権威、みたいなことかしら?



そう。家長としての権力、みたいなこと。
父親って、一番身近な目上の存在でしょ。そういう意味で、ある種「天皇制のかなめ」だったんだと思う。

「父親は偉い」っていう価値観が成り立たないと、目上は偉い、っていう図式がいきなり崩れるじゃん。
それが崩れると、父親の遠い向こうにいる目上中の目上である天皇の権威まで崩れてくる。

そりゃ困るのだ。

だから父親に家長としての権限を与え、教育上も父母を敬えとしつこく洗脳する。
父親が偉いから天皇はもっともっと偉い。そういう図式にしなくてはいけない。

逆に言うと、父親の後ろに天皇がいたから昔の父親はあんなに強気だったし、父親の遠い後ろに天皇が見えたからこそ、子供もあんなに恐れ入ったんだと思う。


  ・・・なるほどね。わかる気もする。
  ところでさ、さっきから聞きたかったんだけど、
  ワタシたちの世代が受けた「学校教育」って
  国のどういう都合があったのよ?



ボクたちの世代が受けた教育??

うーん・・・

あの頃、ボクたちが学生だった1970年代80年代は、国はどういう人材を必要としていたと思う?


  どういう人材・・・? 経済発展に役に立つ人材かしら?


そうそう。なにしろ経済立国だからね。

・・・簡単に言うと「歯車」が欲しかったんだと思う。

文句を言わず与えられた仕事をもくもくとこなすめちゃくちゃ優秀な歯車が大量に必要だったわけ。当時の日本は。


  ワタシたちって、歯車、なの?


だよ。
それもただの歯車じゃない。
経済の高度成長期に必要な「すり減らない歯車」。

もう高度成長のためのシステムは出来上がっていて、欧米に追いつけ追い越せという目標も決まっていたから、あとはそれをこなす「すり減らない優秀な歯車」が大量に欲しかったんだと思う。

広く浅くなんでも理解できて、従順で勤勉。
突出した技能・才能よりも、平均的能力の方が大事。
個性なんかなくても結構。いやそれどころか歯車に個性は邪魔。
自分の意見などもっての他。上司の意見に従って、ただ勤勉に働いていれば良い・・・。

そういう「教育」をされてきたのだ。
その象徴が「共通一次」だろうな。


  そういえば、おととい昨日と、センター試験日だったらしいわね。


うん。そうだったらしいね。
相変わらず続いているね、あの制度・・・。

あれが制定されたのは、ボクが大学受験する二年前だったかな・・・。

「全科目平均的によく出来る人間」を選ぶテスト。

そういう試験で高得点取る学生を、国は欲しかったわけ。


  そうなの〜?


そうさ。
ああいうのは文部省が気紛れでやっているのではなくて、ちゃんと「これこれこういう人材を『選抜』したい」という目的で行われるのだ。

で、共通一次を含む「たいへんな受験地獄を勝ち上がってきた歯車」は、そういう意味で優秀な歯車だったから、いい会社が買い取ってくれたんだね。

時代はそれを「成功者」と呼んでいたんだ。「エリート」って呼んでたんだ。


  エリートってなんか死語くさいわね。


はは。そうだねぇ。いつのまにかねぇ・・・。

そんで、そういうエリートが掴んだ暮らしを「幸せ」と呼んでいたんだよな。笑うけど。

どんなに遠距離通勤だろうが、どんなに単身赴任多かろうが、どんなに残業させられようが、それを「安定して世間体もいい幸せな暮らし」と呼んでいたんだよ。ついこの前まで。


  いい会社に入るのがエリート、って価値観は確かに蔓延してたわね。


「いい会社」側から見ると「すり減らない優秀な歯車」を見分けるのはわりと簡単だった。「いい大学」に入っているヤツを採用すればいいわけ。

だから「いい大学〜いい会社」という「エリートコース」が出来たんだな。


  エリートコース・・・
  ブサイクな言葉ねぇ。なんか笑っちゃうわ。
  死語になって当然ね。



幸せの価値観がひとつだったから、単なる人生の1コースが「エリートコース」なんて呼ばれていたんだろうな、きっと。

ま、そういう「狭育」を受けたんだよ、ボクたちは。

いま30〜50歳くらいの世代って、「いい大学入っていい会社入って、従順で勤勉で上司の言うことをよく聞く優秀な歯車になりなさいね」と教育されて、必死にくらいついてきたんだ。とっても素直な「いい子」だったんだ。

なのに今さら「あ、ごめん、日本の近代化はもう終わりました。もう歯車はいりません。これからは個性の時代です。つうか、キミたち指示しないと何もできないでしょ? 困るんだよね〜。従順すぎるんだよ。いい子すぎ。マニュアル世代というかなんというか、まったく使いものにならんわい!」とか言われてるんだ。


そういう狭育を我々にしておきながら、なんつう言い草!!



  なんで急に怒鳴るのよ!



ああ、ゴメンゴメン。
なんだか急に興奮してしまった。

でもな、情けないことに日本という国は「これからこういう国にします!」っていう明確な方針すら打ち出せずにいる。

近代化を終えて、目標を失って、自信も失って・・・

国の方針があやふや。だから教育の方針もあやふや。どこに向かうのかなんだか全然ハッキリしない。教育の方針があやふやなんだから、教育の場である学校自体もとってもあやふや。

学校が崩壊するのは当たり前なんだよな。つうか、崩壊せざるをえないんだよ。

国の方針がないんだから。

教育のしようがない。
学校自体、目的を失っている。
なのに「ちゃんと学校通え」「校則守れ」「いい子でいろ」「いい成績をとれ」って子供に押しつけている。目的がないのに、だぜ。

そんなことしたって、幸せになれないって、子供はみんな知っているんだ。
いい学校出たって、いい会社入ったって、幸せになれない。
いい子でいても、いい成績とっても、幸せにはなれない。

幸せは、もう、そういうところからは生まれない・・・。


子供を絶望させてどうする!
責任者、でてこい!!




  だから大声出さないでよ!
  アンタは人生幸朗かい!


  
  もう今日はやめましょ。
  ね。
  続きはまた今度。
  もう遅いし。
  アナタもうすでに支離滅裂よ。
  ね。
  いい子だから、寝ましょうね。
  人の言うことをよく聞くいい子でしょ?
  いい子はそんな大声出しちゃだめですよ。
  
  はい、いい子ちゃん。いい子、いい子・・・








はい、先生。
おやすみなさ〜い。





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