訣別すべき日々  --98.11.24




充実しているのか、流されているのかわからない日々が続く。
予定ばかり埋まっていき、ボクはそれをこなすための機械になったような気分だ。




11/12(木)
11/13(金) }朝から深夜まで終日CM撮影(東京)
11/14(土)
やりたい仕事(CM)をしていながら、そして自分の企画・コピーが全国に流れるという光栄な仕事をしていながら、なにがこうも空しいのか。 CMを作りながら感じる空しさはここ4、5年とみに激しく。
いや、CMが問題ではないのかもしれない。「仕事」と「自分」との折り合いがつかなくなっている。
3日間スタジオにこもっての撮影はさすがに疲れる。虚構を撮る現場にいると、自分の人生自体の虚構さがありありと見えてきて、精神的にも疲れる。他のスタッフもそうなのだろうか。ボクは撮影のたびにそんなリアリティのない世界に恐れおののく。

撮影中に淀川長治氏の死去を知る。 このCM、淀川氏に出演してもらう企画とこれの2本が最終決裁まで残り、こっちに決まったもの。 もし彼に出てもらっていたら・・・日程的には撮影中に亡くなっていたことになるなぁ・・・。 でも、会ってみたかったひとりではある。
11/15(日)  七五三(神戸)
朝一の新幹線で神戸の自宅へ向う。
3日にわたる撮影は身体と精神が底まで疲れる。東京の実家で何もせず寝ていたいが、でもこれは向わなければならない。 娘・響子の「七五三」なのだ。 はじめて着物を着る彼女の姿が楽しみだが、なぜ向わなければ「ならない」と感じてしまうのか。 心と身体の乖離を感じる。 なんなのだ?

疲れ果ててワイン少しで酔う。寝る。
11/16(月)  仮編集(東京)
昼前の新幹線で東京へ。新幹線での3時間がえらく苦痛だ。
東京駅で待ち合わせてある人と軽く打ち合わせ。その後編集スタジオへ。 おとといまで3日かけて撮影したものをAVIDで仮に編集する。 撮影・編集などでスタジオにこもると毎食「弁当」。もう飽き飽きだ。 仮編集は深夜まで続いた。今日の夜も弁当。
11/17(火)  試写&仮編集(大阪・東京)
朝一の新幹線で大阪へ。眠すぎ。身体の底が消耗している。
スポンサー仮編試写。かなりの注文がつく。大手術に近いか・・・。 会社の自分のデスクに少し寄ったら、机の上に刷り上がったばかりの「ジバラン」が届いていた。 30分ほど会社で雑用を済ます。
新幹線で東京へとんぼ返り。もう新幹線も飽き飽き。1日6時間も乗るもんではない。

ジバランの出版という自分達の夢が目の前に実現したのに、それすら心から喜べずあたふたと仕事をこなすのに精いっぱいな日々。これを「生きている」と言うのだろうか。何に追われ、そして何から逃げているのか。

東京に着く。 スタッフに急遽集合してもらい、仮編集の改訂作業を行なう。 青山の編集スタジオ。 ここで幾晩徹夜したことか。
どう直そうか悩みつつ作業をしていると、あっという間に28時(午前4時)。 お、今日は「しし座流星群」の日だった。 編集スタジオの屋上に昇り、新宿方面を見渡す。 夜空に映える高層ビルに、リアリティはまるでない。 寒い中震えながら20分ほど。2つ目撃。
結局33時くらいまでかかって編集終了。
11/18(水)  本編集(東京)
徹夜あけて東京の実家に帰って2時間爆睡。 なんとか起きてまた青山の編集スタジオへ。

向う途中のJR大森のキヨスクで「週刊文春」発見。 19日発売のはずだと思ったが今日出たようだ。 「著者と60分」のコーナーを見る。載ってる載ってる。 「うまひゃひゃさぬきうどん」のインタビュー記事。 いつも読んでいる雑誌に自分が載っている、という不思議。インタビュアーは「いやぁーめちゃめちゃ面白かったですヨー」と散々言ってくれていたから、かなり期待したのだが、わりとフラットな記事だった。
毎日リアリティのない生活をしているせいか、なにか他人事のような感覚。鈍感になっているのか。いやたぶん、過ぎる時間の早さについていけなくて、感覚が「寝たふり」をしているのだ。下手に「起きる」とえらい目に遭う。

今日は本編集。 途中15時から「週刊プレイボーイ」の取材が1時間。 「うまひゃひゃ」を見開き2ページで取り上げてくれるという。有り難い。
仕事は、昨日徹夜してがんばったせいで深夜前に終わる。 終了後、夜中に青山の北海道料理「釧路」で夜飯。そのあと六本木に飲みに行く。 こういう日々を送っているとき、ドッと騒ぐと疲れが抜けるときがあるのだが・・・それを期待して飲みに行くというのも、オヤジ臭いなぁ。
11/19(木)  MA・チャットワイン会(東京)
4時まで飲んでもっと疲れる。全く疲労は抜けない。
ほとんど寝れずに音楽録音スタジオへ。 CMにかぶせる曲は今回オリジナル。作曲者は梅垣達志さん。「気絶するほど悩ましい」とか名曲多い人。ファンだったから嬉しい。
昼休みに抜け出して家の設計者とミーティング。 あまりに(ボクとの)ミーティング時間が取れないとぼやかれる。ボクもそう思う。
編集スタジオでMA。映像と音とのミックスである。 ナレーションは「チューボーですよ!」で「町の巨匠」とかしゃべっている武田さんにお願いした。 わりと快調。

21時すぎに終えて、ボクと吉田裕一さんとで共催しているチャットワイン会に急いで参加。ヌーボーの発売に合わせて1年ぶりの開催だ。大森の実家に帰っている暇はないので(19時から始まっている)、青山のとあるオフィスを借りてネットにつなぐ。 今回はパワーブックを持って来なかったから仕方ない。
ひとり、誰もいないオフィスでボジョレーヌーボーを開け、チャットに参加する。 これまたリアリティなし。26時頃まで。
チャットで北海道の人やらリバプールの人やらと話している間に、一瞬失神のような感覚に陥る。確実にあの時ボクは異次元にいた。リアリティのない日々が長く続くとたまにこういうことになる。
「発狂」とはこういう感覚が連続して起こることなのか。
11/20(金)  試写(東京)
昼まで爆睡。 リアルな夢を見る。実生活がリアルじゃないと夢がリアルになるのだろうか。 なんだか精神がつじつまあわせをしているようで、けなげ。
午後から東京でスポンサー初号試写。 初号で偉いさんから注文がつくこと、数知れず。今回もつくと思ったが、「奇跡的に」一発オッケー。これまたリアリティがない出来事だ。 ホッとすると同時にどっと疲れる。 あーやっと家に帰れる。
その足で東京駅に向うが・・・世の中は三連休前。そんなこと全く忘れていた。新幹線のホームは前に進めないほどの大混雑。 1時間半並んでやっと自由席に座る。 身体の疲れ、表現出来難し。

23時、帰宅。遅い夜ご飯。新幹線では立錐の余地なく、弁当も売りに来なかった。
久しぶりにメールを見てその量に卒倒しそうになる。 とても返事を書く余力なし。 そういえばホームページも長く更新していない。
11/21(土)  チーズ会(京都)
午後までたっぷり寝てやろうと思ったが、娘がいることを失念していた。 朝早くから起こされる。 胸の奥が、光化学スモッグにやられたときのように狭く平たくなっている。 とりあえずメールを読んだり、ピアノを弾いたり・・・出張中したかったことをひと通りする。 ジバランも作業が溜まっている。
それらをちょっと片づけてから、京都へ親子三人で向う。 京都の小仲酒店の律子さんと優子が共同で開いている「ワインとチーズを楽しむ会」の一周年記念「ボジョレーヌーボーとバシュランモンドールを楽しむ会」に参加。 京都の日仏会館のビストロ「ル・フジタ」にて。 大人数のパーティは不得意だが、まぁこの会は楽しいから。 相変わらずの小仲節に笑う。優子もしゃべりが大変うまくなった。心の中で感心しきり。
ボジョレーヌーボーの15リットル樽を25人で開けたのだが、1時間ちょいで空く。 あまり酔わなかったが、こうしたパーティすら自分の中ではリアリティを失っているのに気付きしばし呆然。 ナイフで自分を刺して本当に血が出るか試したい欲求にかられる。ボクの血は粘度を失っているのではあるまいか。
11/22(日)  コラボレーション(大阪)
自分を見つめる時間が少なすぎる。
まるでテレビ番組のように日々が過ぎていく。
番組表通りに進行していくボクの人生。

悪い連鎖を断ち切るため、黒田征太郎に会いに行く。
東道頓堀倉庫で「黒田征太郎+アユトン・クレナック」のコラボレーションをやっているのだ。 ブラジルのインディオ、アユトン・クレナックと黒田征太郎が二人で絵を描く。 アユトンが描いた絵に黒田が描きたし、黒田が描いた絵にアユトンが描き足し、そうしてひとつの絵が出来上がっていく。

アユトン・クレナックの言葉。
私たちは子供にこう教えるのです。『地上にやって来るときには物音をたてずに鳥のように静かに降り立ち、やがて何の跡も残さず空に旅立っていくのだ』と。
『人は何かを成すために存在する』という西側哲学は銅像を作り、人の偉業を記録に残そうとしてきた。だけど、『人は何もしないために存在していてもいいじゃないか』と思うのです。生命を受け、生きていること自体が素晴らしいことなのですから。


黒田の筆が作為に感じられてしまうような、そんな素朴さ。
彼らが子供のように画用紙をよごすのを見ながら、「見る側でなく描く側に回りたい」と強く思う。 自分の人生を太く強く描く側に。





ボクは、この、一見充実しているように見える日々と、必ず訣別しなければいけない。

テレビ番組のように意味もなく流れていく毎日に、必ず別れを告げなければいけない。



こういう毎日が続いたとして、ボクは死ぬときに「いい人生だった」とつぶやくのだろうか。

もう未来永劫生き返らないかもしれないこの一回きりの人生を振り返って、「まぁこんなもんだろう」と苦笑しつつ納得するのだろうか。



それが「欺瞞」であることは、自分が一番良く知っている。




satonao@satonao.com : Send Mail
不定期日記「雑談な日常」目次へ   「www.さとなお.com」トップページへ