ホームページという遺伝子  --98.12.18




・・・だから閉じませんってば!


前回の日記を読んで「さとなおはホームページを閉じるらしい」って早とちりされた方がわりといるみたいでちょっと焦ってます(←焦ってるわりには2週間ぶりの日記だ)。


いやさ、何通か

「残念だけど・・・仕方ない。いままでありがとう!」
「楽しかったです。末永くお元気で。また会う日まで」
「お疲れさまでした。また気が向いたら帰ってきてくださいね」

みたいなメールをいただいてちょっとびびりました。

あの日記には続きがあるんだよう。
途中で読み終わっちゃダメなんだよう。


ああ、早く誤解を解かなければ!
メールをくださった方には返事を出して誤解を解くことができるけど、メールをくださらないで心の中で「ほな、さいなら」と去っていってしまった人が、この分だとわりといるのかもしれない!
早く日記を書いて誤解を解かないと・・・

・・・とは思っていたのだけれどね、とうとう風邪をこじらせてしまって。
年末の忙しさと重なってどうにも更新など夢物語の日々でして(そのわりにはジバラン・オフミとか出たけど)。


つうことで、ここで改めて大文字フォントで叫んでおきます。



みなさーん、このホームページは終わりませんよー!

「Never Ending Homepage」ですので、ずっとよろしく!




 アナタの人生が劇的に変わり、
  ネットと接触がなくなって数十年経って、

 ふと昔を思い出して、
  そういえば昔さとなおというのがホームページをやっていたな、
   さとなおはまだ書いているのだろうか、

 と、
  何の気なしにアクセスしてみる、


 その時でも、
  きっとこのホームページは続いています、


 その頃ネットの仕組みがどうなっているのかわからないし、
  URLも変わっているかもしれないけれど、
   「さとなお」というダサイ名前は、
    変えないでおきますから、

 検索して探してみてください、


  きっとこのホームページは続いています、

   ボクが死んで、いなくならない限り・・・・







・・・いや! 死んでも無くさないかも。

もし死んだら(まぁいつかは死ぬのだが)、ここをそのまま「墓」にしてもらおうっと。


骨はどこかに物理的に格納するか散骨するかするとして、とにかくボクという人間を偲んでもらうのならこのホームページが一番だ。


うーん、死んだ時用に「お墓用トップページ」も作っておこうかな、今のうちに。

弔問ボタンを作って、弔問掲示板も作って・・・ボクの生前の声が出るようにもして。







カタチのみの葬式なんか本当にいらない。
死んだら皆の記憶からそっと去りたいし。

でも、何人か、ほんの何人かだけど、ボクを偲んでほしい人は、いる。


本当に親しかった数少ない人たち。

そして、妻、娘。

もしかしたら孫。曾孫。

ずっと遠い未来の子孫たち。

その人たちに偲んでもらうのに、ココは一番最適だ。



ホームページを続ける理由はいっぱいある。

だけど、心の中をよーく覗いてみると、いつの頃からか、ボクは、子孫たちとのコミュニケーションを意識してホームページを書くようになった。
それがすべてではもちろんないけど、そういう要素がいつの頃からかボクの更新理由に入り込んできた。


「どうせ100年たったらこの世は総とっかえ」って言葉をどこかで読んだ気がするけど、200年でもたってしまったら、もちろんボクのことを覚えている人はいない。
ボクのことを意識して考えてくれる人がいるとしたら、それはきっと子孫たちだろう(それもたまーに、だろうが)。

ボクは、ボクの血が流れている彼らとどうにかコミュニケーションをとってみたい。
ボクの遺伝子が確かに存在している彼らに、自分の考えたことを伝えてみたい。



そのために、ホームページになにかと書き残しておきたい。
ちょっとこの頃そう考えているところがある。



ボクは今年2冊も本を出せてとってもうれしかったし、結果的に娘への良い記念になったと思うのだけど(もちろんそう意識して書いたわけではないけれど)、でも本ももちろん無常のもの。100年たったらボロボロだろうし、200年たったら無に帰すだろう。

そういう意味では、本よりもホームページの方がずっと永続性がありそうだ。

娘が成長してもボクが何を考えて日々生きていたかをココで伝えられるし、孫、曾孫にも、先祖としてのボクが何を考えて何をやっていたかを伝えられる・・・。

第一、本とは情報量が違う。
圧倒的にホームページの方が媒体として優れている。


こう考えてくるとホームページってすごいよねぇー。


本と違って黄ばむこともない。
フォントが古くさくなっても設定を変えればいいし、今の文体が未来では古くさくなっていたとしても翻訳ソフトみたいのがその頃には当然あるだろうし。
あとはバックアップ用にサーバーを世界にいくつか持っていれば、地球がある限り、このホームページの内容は生き続けるわけで・・・


サーバーの維持費の問題はあるとしても、お墓の維持費に比べれば安いだろう。






そう、ちょっとオーバーに言えば、ボクにとってホームページは「遺伝子」なのだ。


DNAが「潜在的遺伝情報」だとすると、
ホームページは「顕在的遺伝情報」。



何を食べ何を聴き何を観て何を感じたか。

遺伝情報を与えた側として、ボクは子孫たちにそういうことを伝えてみたい。

自分の「今」を遙か未来の子孫たち(ボクの遺伝情報を持った生き物たち)に見せてコミュニケートしてみたい。



そう考えるとき、ボクの中でのホームページの位置付けは飛躍的に高まるのだけど、それでも二週間ぶりの更新だったりして、なんだかトホホな年末なのです。



ああ、書きたいこと、いっぱいあるんだけどなぁ。





P.S.1

そしてもうひとつ。
ボクがホームページを続けている大きな理由があるのだけれど、そしてそれは「孤独をキープするため」なのだけれど、それについてはまたの機会に書くことにします。
長くなりそうだし。


P.S.2

「週刊プレイボーイ 12/22.29 超特大合併号」では見開き2ページにわたっての「うまひゃひゃさぬきうどん」著者インタビュー出演!
また、「本の雑誌 1月号」では、1ページ目の1行目から「うまひゃひゃさぬきうどん」の文字が! 中の方でも鏡明さんと高野ひろしさんのお二方の書評でとりあげていただいています。

ありがたいよー(しくしく)。

鏡さんは「今年一番笑った本」と書いてくれたし、高野さんは「僕はかって、うどん食いをこんなに官能的に表現した文章を読んだことがない」と書いてくれた。

香川県のみだけどベストセラーの2位まで行ったようだし、三刷間近か?!(ね、石田社長! 刷っちゃおうって!)


それにしても、「週刊文春」の著者インタビューの時も思ったけど、昔「GORO」や「平凡パンチ」と一緒によく読んでいた「週刊プレイボーイ」や、毎月定期購読している「本の雑誌」みたいな贔屓雑誌に自分が出ているというのは、本当に不思議な感覚です。

みなさん、雑誌見たよメール、たくさん、ありがとう!



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