嫌煙はやめようよ(2)  --99.03.03




こんにちは。

前回の日記のせいで、急に喫煙者のファンが増えてしまったさとなおです。
みなさん、如何お過ごしですか?


まぁどなたかのメールにあったように「喫煙者と嫌煙者は永遠に犬猿の仲」なのかもしれないし「結局絶対わかりあえない」のかもしれないけど、それにしてもどうしてこうなるのかなぁ。

ええええ、いっぱいメールいただきましたよ、大方の予想通り。

もうね、嫌煙派、愛煙派、中道派、興味ない派(興味ないならメール出すな!)、そりゃぁもう花盛り!

みんなそれぞれに言い分があって、まぁ楽しませていただきました。
各個にはお返事出せませんが(だって多かったし)、まぁ嫌煙派はやっぱりヒステリックだし、愛煙派はやっぱり勝手だし。


どっちもどっち、かな。


で、多数の人に、いつの間にか「喫煙者の代弁者」にまで祭り上げられていましたよ、非喫煙者のこのボクが。

うーん、そう読めるのかなぁ、前回の日記。
でもさ、ボクの非喫煙ぶりと言ったら、新幹線の自由席に乗るときに2号車にすら乗らないっていうほどで、知り合いからはどっちかと言ったら「嫌煙者」と思われているくらいなんですけどねぇ。


  解説:新幹線って1号車2号車が禁煙で、3号車から喫煙OKなんだけど、
     2号車だとビミョ〜に匂ってくるのよ、タバコが。
     だから1号車のそれも先頭に乗る。ここなら匂ってこない。
     特に閉鎖空間・長時間だとあの匂いはつらすぎるからね。
     でも1号車の先頭デッキで吸う奴がたまにいるんだよなー。


ポイ捨てタバコ、歩きタバコ、密室空間での大量のタバコ、灰皿でくすぶっているタバコなんかも思いっきり憎んでいます。



理由?

だって最低限のマナーでしょ?
人の足もとに「カー、ペッ!」って痰するようなものじゃないですか。
あまりに自分のことしか考えていない。
人が迷惑するかもしれない、という想像力が欠如している。

喫煙者にこういう人が多いのは、事実。




で、同じ理由で、嫌煙者も困ったもんだ。

「嫌煙」にも最低限のマナーがあるはず。
喫煙者を加害者と決めつけて、敵意と被害者意識を持って接して、なにかいいことある?


自分にはきれいな空気を吸う権利がある!
なんの権利があって私の空気を汚すのか!
私の空気!私の健康!私の快適!私の!私の!私の!


防衛しているのはわかるけど、過剰だよ。
ヒステリックに自分の権利ばかり言いすぎるよ。
なんか暗闇を歩く男はすべて痴漢と決めつけるみたいな、そんな印象。

ボクから見ると、その自分勝手さはアナタが憎む喫煙者のそれとそうは変わらない。




この問題はさ、お互い憎しみあっていて、ちっとも建設的でないところが癌だよね。


喫煙者だって人間なんだから、吸わない人が「自分の権利」とか言い出したら、あっちも「吸うのも権利だ」みたいなことになって平行線になるに決まってるじゃん。


で、ボクみたいに「どっちもどっち」って言う人は両方から責められてイイコトひとつもない、と。

あー、面倒くさい。




ひとつだけ言えるのは、「公共の空間って本来気持ちのいいものではない」ということ。

街宣車はがなり立てるし、臭い浮浪者はいるし、ゴミは捨ててあるし、排気ガスはすごいし、不愉快な香水も香ってくるし、マイクは「大安売りだよいらしゃいいらしゃい」ってがなり立てているし・・・

決して気持ちいいことばかりではない場所、だと思う。

「公共の空間はみんなにとって心地よい場所であるべきです。だから喫煙はやめるべきです」って言うけどさ、だから「みんな」って何なのよ。みんなっていろんな価値観をもった不特定多数のことでしょ? 排気ガス嫌いな人や香水嫌いな人や騒音嫌いな人なんかも、そしてもちろん喫煙者も「みんな」の中に入るんでしょ?


みんなが心地よい、なんて不可能なんだよ。
あらゆる価値観を満足させる「心地よさ」なんてないんだって。

そういう「公共の空間」で、ある価値観を押しつけるのはとても傲慢なことだとボクは思う。


そこには被害者も加害者もない。
みんなが少しずつ被害者で、少しずつ加害者なのだ。



つまり、ボクが言いたいのは、嫌煙者が「我々は被害者である。加害者に歩み寄るつもりはない」みたいなことを言っている限り、問題は解決しないのではないか、ってこと。

そんなにヒステリックにならずに他の価値観も認めて、よりよい共存のカタチを探っていく方が建設的だ、と思っているわけ。

そんなヒステリックになっちゃ伝わるものも伝わらない。「ふん!嫌煙は当然の権利だ!」みたいな態度を取るのはやめようよ。
もう昔とは違ってさ、「吸わない人の人権」みたいなものの意識はかなり高い時代なんだから。
喫煙者も新聞なんかで「アメリカでのタバコ裁判」の記事とか読んで、日本もそのうち禁煙社会になるかもしれない、なんて恐怖したりしているんだから。

一種の喫煙者いじめ、だよね、いまの風潮。

喫煙者を窮鼠にしてはいけないよ。

マナーをわきまえた大人の喫煙者もこの頃多いんだから。






例えばさ。

吸わないで我慢してくれたり、注意したらやめてくれたり、こっちに煙が来ないように気を使ってくれたり・・・
喫煙者がそういう行動を取ってくれたら、ひと言「ありがとう」って言ってみるのはどうだろう。

意地でもイヤ?
加害者に感謝するなんてもっての他?


でも、マナーよく気を使ったのに「吸うのをやめてくれて当然」みたいな態度とられたら、誰でもむかつくよね。


敵意をもって嫌煙を表明している人に、喫煙者は敵意をもって応える。


それでは事態は悪くなるばかり。


「ありがとう」とか「すいません」とか感謝の意をきちんと伝えてみようよ。


友好には友好で応えてくれるかもしれないよ。
んで、その輪が広がるかもしれないよ。


甘いと思う?


でも、相手は喫煙者という「マナーも気遣いも知らない怪獣」では決してない。

相手は人間なのだ。

そしてボクは(甘っちょろいと言う人もいるかもしれないが)、人間を信じたいと思っている。

人間が信じられないのなら、社会は決していい方には変わらない。


タバコ問題も、例外ではない、と思うのだ。







p.s.

そう、やっぱり「嫌煙」という言葉はいびつだよ。
何か新しい言葉、ないかねぇ。

「防煙」「拒煙」「避煙」「臨機応煙」「無煙」「共煙」・・・メールでもいろいろ来たけど、うーん、「分煙」の方がまだマシかなぁ。

「分煙」もいいんだけどねぇ、例えばそれが「あなた、分煙よ、ベランダに出て吸ってよね」みたいになってしまうなら、それもなんだか切ないなぁ。

よく部屋から追われてベランダで吸っている「ホタル族」とかいるけどさ、あれも可哀想だと思わない? 春や秋はまだいいよ。でもめちゃ寒いときにまでベランダに追い出すことないじゃん。非喫煙者の快適のためにそこまでするのもエキセントリックだと思うんだけどな。


それにね、言わせてもらえばね、嫌煙者のアナタがベランダに追い出した喫煙者のタバコ、はっきり言って迷惑してます。マンションの隣の部屋で窓あけて気持ちよくネットにつなげているボクの鼻を直撃するです。
この場合は嫌煙者のアナタが加害者っす!(そっちの理論を借りればね。ボクにも窓あける権利があるからね)



まぁそれはさておき、うちに遊びに来るお客さんでもタバコを吸うためにベランダに率先して出る方、いるんだよね。
ボクは煙のつらさより、そのために「楽しい会話が途切れる方がイヤ」だな。

ボクは基本的に「楽しい会話>煙のつらさ」なのだ。

だからロスやニューヨークの「完全禁煙レストラン」もどうかと思っている。
新幹線だって、楽しい会話をするヘビースモーカーが一緒だったら喫煙席に座るぞ。


え?
お前には信念がない、って?



いや、臨機応変、円転滑脱、融通無碍、と言ってくれ。



人生、その方が、楽しいことが多いのである。



・・・まぁこれは人付き合いの価値をどこに置くか、という価値観によって違ってくることではあるのだけどね。




ちなみに嫌煙の話はこれでおしまい。
書いていて全然面白くないんだもん。


ではまた。



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